IF電車が脱線したら……

 ある日ある場所に集った暇人達がおりました。
 倒れ行く人々を余所に彼らは一つの場所に集まり会話を交わし続ける。
 不意に黒髪の獅子が呟く。
「もしも電車が脱線して壊れて倒れてアロを道連れにしたら貴方はどうする?」
 問われた黒髪の龍は一瞬怪訝そうな顔をした後素直に応えました。
「放置して逃げる」
 アロと呼ばれた青年が酷いと叫ぶけれども誰一人として気にしません。
 そして誰一人として電車が何なのか、脱線とは何なのか問いません。
 彼らに常識など不要なのです。
 そしてその時の話題が広まり、被害者がアーロではなかった場合どうなるかになるのです。
 他の人々が戦っているのも無視し、彼らは迷宮童話――彼らが所属するギルド――のメンバーでその状況を予想するのでした。

 IF被害者が……トラップ/シノキ&朱眼/続:朱眼/狛羅

 アシュルト&アーロ/ゼルガとドラ紫苑/続アシュルト&アーロ


IF被害者がトラップ

 ガタン……ガタン……
 規則的に揺れる電車の中、トラップは腕を組みドアに寄りかかっていた。
 珍しく人が少ない中彼はじっとしたまま動かない。
 不意に動きが生じる。
 ピクリと眉を動かし、彼はしかめっ面を浮かべる。
「違和感を感じる」
 呟き、出所を探ろうとした瞬間、一際大きく電車が揺れた。
 変な音を出しながら電車は傾いていく。
「これはっ……!」
 驚愕を顔に出しながらトラップはドアから離れる。
 ドアを蹴り、向かい側の手すりを掴む、同時に窓を割った時に破片が自分の上に落ちないように左側により足で何とかして踏みとどまる。
 窓を破ろうとしたその時彼は泣き声を聞いた気がした。
 周囲を見渡し、気がつく。少し離れた所に小さな少女が蹲っていた。
「危ないっ!」
 叫びながら彼は手を放し、傾き続ける地面を蹴り手すりを蹴り少女の所まで辿りつく。
 母親を求めて泣き叫ぶ少女をお姫様抱っこで抱きかかえ、少女の負担にならないように最寄の窓に向う。
 そのまま少女に被害が行かないように背後から窓を破り、飛び出す。
 心の中で脆い窓でよかったと呟きながら彼は少女を庇いながら背中から落ちる。
 強い衝撃にも負けず少女を抱きしめる。
 腕の中の少女は母親を呼び続ける。両手を電車へと伸ばし暴れる。
 それを宥めながら彼は電話を取り出し、救急車と電話を呼ぶ。
 その後トラップは落ち着き始めた少女を降ろし、膝を突いて眼と眼を合わせる。
「此処で大人しく待っていろ。直に救助が来るからな」
 言いながら彼は少女の頭を撫でる。
「ひっく……おにいちゃんは?」
「仲間を探してくる」
「ぐすん、いかないでよぅ」
「悪いがそれは出来ない。俺は仲間を探しに行かないと駄目だからな」
 泣き出しそうな少女の頭を数度なで、立ち上がる。
「大丈夫だ、また会える。約束する」
 少女の小さな手を取り、指きりを交わす。
 そして彼は背中を向け、立ち去った。
 背後に彼の帰りを待つ小さな少女を残して。


IF被害者がシノキと朱眼

「なぁなぁ、朱眼見てみろよ!」
「何よ」
「これこれ」
 雑誌を差し出すシノキにそれを受け取ろうとする朱眼。
 その時だった。電車が音を立ててゆれ、傾き始めたのは
 驚きの声を上げた二人はバランスを崩して倒れる。
 それぞれ打ち付けてしまった場所を押さえながら手すりに捕まり立ち上がる。
 其処で二人は傾き始めている電車に気づいた。
「傾いてきてる!?」
「みたいね……」
「あぶねぇじゃん!」
 あたふたとシノキは周囲を見回し、全開の窓を見つけると其れに向って走りよった。
 脱出するぞと叫びながら彼は窓枠に手をかけ……
「お先に」
 襟首をつかまれ後方へと放り出された。
 地面を転がり頭をぶつけるシノキを余所に朱眼は窓枠に手をかけ外へと飛び出した。
 背後に残ったのは頭を打ち付けて気絶したシノキのみ。


IF被害者が朱眼part2

 シノキを犠牲にして災害から逃れた朱眼は冷たい眼差しを倒れた電車へと向ける。
 小さく頷き彼女は何処からともなく一つの巨大ドリルを取り出した。
「此処からが私の腕の見せ所」
 きらりと眼鏡が輝く。
 彼女は手馴れた様子でドリルを起動させた。
 ががががが……
「無いわね」
 ががががが……ぴこーんぴこーん
「此処ね……」
 ががががががががががががががが
 酷く手馴れた様子で掘り始める。
「ぎゃあああああああああああ」
 悲鳴が響く。
 それでも彼女は手を休めない。
 赤い液体が飛ぶ。
 太陽に反射してとても綺麗だ。
 錆びた鉄の臭い。
 頬に掛かる液体をも気にせず彼女は掘り続ける。
 仲間を見つけるまで、ただただ掘り続けた。


IF被害者が狛羅

「日差し、ぽかぽか……」
 日差しが暖かい席に座っている狛羅はうつらうつらと船をこき続ける。
 ゆっくりと瞼が閉じ、眠りの淵へと落ちていった。
 暫く立った後、事故が起きる。
 衝撃と酷い音。
 傾き始める電車と割れる窓ガラス。
 けれど狛羅は何一つ気にせずに、気づかずに眠り続ける。
「むにゃむにゃ……駄目だよ、もうアーロを食べられないからいらないよぅ……むにゃむにゃ。だから料理の手止めてよぅ、紫苑……火焙りも揚げ物もてんぷらもあきたからアイスがいい……」
 幸せそうな夢を見ているのか満たされたような笑顔を浮かべ寝言を呟く。
 完全に電車が倒れても、ガラスが近くに転がっていても起き上がらず幸せな夢を見続ける。
 奇跡的に狛羅は一つも怪我を負わずにそのまま救助がくるまで幸せそうな夢を見続けた。
 救助の人達はその様子を奇跡だと言い、
 偶々近くに居た別の被害者は黒い悪魔がと呟きショックで精神が逝かれたのだろうと判断された。
 真実は、誰も知らない。


IF被害者がアシュルトとアーロ
 前略
 傾きだした電車に気づいた二人は慌てだす。
 正確には慌てたのはアーロのみでアシュルトは黙ったまま考えていた。
「早く脱出しようぜ!」
「待ちなさい、愚兄」
「何だよ」
「死んでください」
 言いながら彼は懐に入れてあるカードを飛ばす。
 驚き戸惑うアーロの頚動脈目掛けて高速でカードが飛ぶ!
 危険を察知したのかアーロが回避の行動を取る。
 バランスを崩して倒れるアーロへ向ってアシュルトはカードを投げ続ける。
「行き成り何するんだよ!」
「私の紫苑さんに手を出すのが悪いんです」
「お前のじゃないっ」
「私のですよ、前世から決まっていました」
「誰が決めてるっつか前世かよ!」
「私に決まっているでしょ。というか余裕ですねっ!」
 避け続けるアーロ。
 それを追いかけながらアシュルトはカードを放つ。
 時々地面や壁に刺さっているカードを回収しながら追いかける。
 こうして命がけの鬼ごっこin倒れる電車が始まった。


IF被害者がゼルガとドラ紫苑
「事故みたいだね」
「逃げよう、紫苑!」
「やだ」
 即答で紫苑と呼ばれた黒髪の青年が応える。
 それを聞いた茶髪の青年、ゼルガが驚いた表情をつくり、何故と問う。
「メンドクサイカラ。どうせ逃げられないし」
 窓にもたれかかりながら言う紫苑は逃げる気がさらさら無いようだ。
「一緒に逃げようよ。試してみなくちゃ分からないって!」
 何とかして紫苑を立ち上がらせようとゼルガは試みるが紫苑はそれを拒否する。
 諦めないゼルガに何を思ったのか紫苑は口を開き……
「死ね愚兄!」
「嫌だって言ってんだろう!」
 突如に乱入し通過していった兄弟を目撃した瞬間即座に紫苑は口を閉ざした。
 序に見つからないように気配を薄くする。
「あ、紫苑さん、何時見ても美しいですね!」
「あ、紫苑、一緒に逃げようぜ!」
 同時に紫苑の存在に気づき、同時に二人はにらみ合い、そして再び騒ぎに突入する二人。
 飛び交うカードとペン。
 罵りあいながら二人は去って行く。
 嵐のように消え去る二人を唖然と見つめたまま二人は立ち尽くす。
 溜息を吐き、紫苑は言う。
「あいつ等と同じ場所では死にたくないなぁ……」
「じゃあ逃げよう」
 そうして二人は先ほどの兄弟の所為で吹き飛んだドアに上り、外へと出て行った。


続、IF被害者がアーロとアシュルト
「愚兄が!」
「うわ、わわわ」
 カードがアーロの足元に刺さり、彼はバランスを崩して転等する。
 転がり頭を座席の下部分にぶつける。
「ふっ、だから愚兄はどうしようもない人ですよ」
 誇らしくアーロを見下し、アシュルトは振り返る。
 求めていた青年の姿がなく、彼は怒りをアーロへと向けた。
 カードを投げ、アーロの服を縫いとめる。ついでに残ったのを適当に投げる。
 そしてわき目も振らずアシュルトは外へと飛び出していった。
「うお、刺さったっていうか身動きとれねぇ!? た、助けてー!」
 そうしてアーロだけが取り残される。


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