若者が一人、世闇に潜んでいた。 仕事の為に。 若者が一人、狙いを定めようとしていた。 仕事の為に。 息を潜め、気配を消す。 最初の段階。 覚悟を決めるべきなのだと若者は自分に言い聞かせる。 目を閉じ、呼吸を整える。 目を開き、背伸びをする。 朝日が昇っていくのが見えた。 覚悟を決めた証なのだと若者は思い込んだ。 頑張ろう、呟きながら若者は勢い良く拳を振り上げる。 意気込みを表すためにおーっと叫ぼうとした。 鈍い音、柔らかい物を殴った感触。 「ごふっ」 「あ」 「ナイス、フィスト……がはっ」 「あー」 崩れ落ちる青年。 立ち尽くす若者。 地に伏した青年を見つめていた若者は不思議な感覚を覚える。 振り払う、今覚えるべき衝動ではない。若者はそう思った。 じっと若者は青年を見下ろしながら懐から縄を取り出す。 手馴れた様子で青年を縛り上げ、通気性バッチリなトランクに入れる。 青年が持っていた携帯を取り出すのを忘れずに。 時間をかけ、若者は携帯を弄る。登録されていた人達に向けてメールを入れ続ける。 全ての作業を終えた若者は通気性バッチリなトランクを片手に立ち去る、目的地は…… 「此処は〜何処なのかしら、私は確か〜♪」 「行き成り歌いだすとは何事!?」 「つれないなぁ、つられてくれても良いじゃないか」 「違う、その反応は何か間違ってる」 「おや、君は女性何だ。じゃあ歌う役わりは交代だね」 「そういう問題では無いと私は言いたいのだが」 「気付いて良かった、大丈夫かい? 私の名はアルヴァレス、君達の村を襲った軍隊の指揮官……」 「続けるつもりか。つーか襲ったのは私なのだから立場が逆転してるぞ。性別気にする前に状況を気にしろよ」 「だったのだが……今ではもう追われる身だ……からと言っても……言い訳に過ぎぬ……私が憎いかい?」 「まだ続けるつもりなのかっ。いい加減現実を見つめろよ。というか歌うな、お前の歌声は耳に響くというかそれは人間が出せる音なのか!? 唯でさえ穴だらけだったトランクが形と留めてないぞっ」 「駄目だなぁ、えぇ憎くないと言ったら嘘になるけれど助けてくれた貴方のこと私は信じたい、という風に続けるべきだよ。さぁ、詩って歌って」 「うぜぇよ。つーか私は今まさにこの瞬間憎しみが溢れ出そうだ」 「あれ、もしかして食べたかった?」 「私が買った私の為のプリンを私の許可無く食べた事に対して憎いだと思ってなんか無い。ただ昔ながらの処刑方法、火焙りをお前に実行したくて仕方がなくなっているだけだから」 「あ、そうなんだ。よかったよ、憎まれてるってわかったら悲しすぎて自殺してたよ。じゃあ歌ってくれる?」 「遠まわしに殺したいほど憎んでいると言っているんだ、其処にある海に飛び込んで溺れながら鮫に喰い散らかされて死ねば良いのに」 「歌ってくれないのかい? あ、夕日だ。綺麗だねーじゃあ夕日に向って走ろう!」 「何処の情熱的キャラだよ。話しぶっ飛んだんだけど。お前の思考はどうなってるんだよ、死んでくれない? もう身代金貰うだけ貰ったら殺しちゃって良い? 答えは聞いてないけど」 「あはは、早く走ろう!」 「聞けよ、人の話聞けよ。ていうか何時の間に縄解いたんだよお前何者だ」 「何者かと聞かれたら!」 「よし分かった、他殺願望何だな。望み道理に殺してやろうか?」 「身代金欲しいんでしょー」 「今は殺したい」 若者は呟きながら青年の携帯を握り締める。 携帯を若者だと思いながら、握りつぶす事でストレス発散しようとしているのだ。 「腹立たしいぐらい頑丈だな、お前の携帯。私の圧力は林檎を握りつぶせるぐらいなんだぞっ」 「あははー特殊合金特注品だからね。にしても君凄いねー林檎を握りつぶせるなんて。俺には出来ないよ」 「当たり前だ。中身が空洞で外側は紙で出来ている物だからな」 「それは誰でも握りつぶせるね。というか林檎じゃないよそれ」 「机も叩き潰せるぞ」 「凄いね! で、何で作られてるの?」 「ダンボール」 「それは確かに机だけど机じゃない!」 「あとピアノも粉々に出来るぞ」 「はいはい、どうせ紙類で作られたんでしょ」 「自作のコンクリート製ピアノだ。因みに弦もコンクリート」 「それは凄い!? ていうか何つくっちゃってるの! あとそんな物壊せるんだったら普通の林檎もつぶせるよね!」 「だからいっただろう」 「言ってない、紙製林檎としか言ってないよ! というか、特殊合金で作られた携帯でよかった!」 青年が心の其処から叫んだ。 続けて青年は海に向って理不尽のばっきゃろーと叫ぶ。 それを無表情で眺めながら若者は理解できんなと小さく呟いた。 ぴぴぴぴぴ、唐突に青年の特殊合金特注品携帯電話が立て続けに鳴り出す。 ごくりと唾を飲み込み若者は携帯を開き、メール画面を出す。 何時の間にか背後には青年が立っていた。 「何だお前は」 「いや、メールにどんな返信が来たのか気になってね……」 微笑をたたえたまま青年は呟き、若者の左肩に手を乗せる。 深く追求せずに若者はメールを読む。 肩に置かれた手に関して恐ろしい事に気づきかけたがスルーだ。 一通目のメール あはは、面白いことを言うね。今度はどんなジョークだい? というか君を攫える人が居たら私は驚きだよ。 ま、良いネタにはなったよ、ありがとう。 二通目のメール ギャル語解読不可能なので速攻でデリート 三通目のメール 誘拐だと!? 逆にお金かっぱらってこい(笑) 其処まで読んで若者は深く青年に対して同情してしまった。 誰一人として真剣にしていなかった。 が、青年の性格ならば仕方が無いのかもしれない。 ちらりと後方を見る。 青年は大爆笑していた。 同情して損したと若者は思い、いらだった。 残ったメールも確認しよう。少しぐらいは金になるかもしれない。 四通目のメール えー誘拐?! 大変じゃなーい。 あ、大変といえばさー この前ゴキブリがでたのよぅ。 もうあったまに来たからぁ、 団子つくったのよー。特性毒入りのやつぅ。 きっとこれでゴキブリも一殺よ! そうそう、毒といえばこの前君に上げた奴の味どうだった? きになるぅ。 あ、味といえば……以下延々と文字数制限ギリギリまで関係ない話題が続けられる。 五通目のメール 一行目を見た瞬間反射的に若者は携帯を閉じる。 心なしか周囲の温度が下がった気がした。 「あれ、見ないの?」 ニヤニヤした表情を浮かべたまま青年は聞く。 若者は彼を睨む。 「ほら、見たら? 気になるんでしょ」 耳元でささやく。 若者は抗いたい、けれど抗えない。 何せ拘束されているのだ、縄で。何時の間にか縄でぐるぐる巻き状態だ。 「あ、読めないんだね。じゃあ読んであげるよ…… タイトル:酷いわ! 私達の息子がもう死んでいるのを知っててこんなメールを送るなんて酷いわ! しかも息子の電話を使って! 攫った?! それは息子が帰ってくるって事よね! だったら返してよ! 去年事故で死んだ私達の息子…… 返してよ!!!!」 青年がメールの内容を読み上げた。 若者が認めたくなかった現実が其処にはあった。 青年の身体が透き通って見えたのも認めるしかなくなった事に若者は脅える。 「あれぇ、何脅えてるのかなぁ」 「幽霊嫌い消えろ死ね滅べ消滅しろ。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い……」 「あはは、死ねって俺もう死んでるよーあはははーほらほらー」 「近寄るな! 幽霊に近づけられるとっ私はっ」 「どうなるのかなー可愛らしく悲鳴でも上げるー?」 「破壊衝動に襲われる」 「物騒だね!? というか何でさ」 「手始めに其処の海の家でも燃やして中に居る人を裸のまま吊るし上げて周囲に晒させて絶望させたい」 「ちょっと其処の人?」 「そして次は嘲笑っていた人達の手足をもぎ取り猛獣の檻にいれるんだ」 「あの、もしもし?」 「黙れよKY。そして次は酒を飲みながら獣達が人間を襲うのを見たい。その肉をくろうてやろう」 「どっちがKY!? 初めて人にとりつこうって思ってたのにこんな危ない人だ何てっ。もう、幽霊止めたい!」 「うぜぇ黙ればいい。貴様は私の手足となり人を脅かし囮になればいい」 「痛いっ。この前殴られた時も思ったけど何で触れるのかなっ。というか、離れられない!?」 「ふはははは、世界は私の物だ! さぁ、全てを破壊する旅に出ようじゃないか。脅え助けを求め縋り付く人の姿とは何と甘美なモノか」 「何か色々ともうやだ! 助けて神様仏様っ! この人、早く、何とかしないと! というか警察ー自警団ー軍のみなさまー!」 青年の悲痛な叫びも虚しく、若者は動き出す。 ただ駆られる破壊衝動の命ずるがままに、世界を恐怖と絶望のドン底に叩き込む為に。 その第一の被害者を引き連れたまま、若者は行く。 |