ながい旅路へ、10の御題

01.ゆるして、なんて言わない

 ぽつりぽつりと水滴が落ちる。
 小さなそれが、強く、風と共に降る。
 空を見上げれば分厚く覆う雲。
 鈍色の空。
 雨が私を濡らす。
 だから、俯いた私の頬を伝う滴は涙なんかじゃない。
 あぁ、そうだ。泣いてなんて居ない、居られない。
 俯いた視線の先は倒れ伏した男の姿。
 白銀の髪に隠された表情は見えない。
 ただわかるのは、彼は意識を失っている事と、
 右手を前へ、此方へと伸ばしている事と、
 衣服を貫く穴が、ゆっくりと流れ出る命の水が彼の意識を奪っている事だけだ。
 からん、何かが落ちた音がした。
 違う、落としたんだ。
 右手に握っていた、剣を落としたんだ。
 けれど……

「重いね……」

 重さが変わらない。
 赤い液体が付着している手を眺める。

「重いよ……」

 剣は既に手放した。
 それでも感じる。
 肉を貫いた感触も、
 其れ尚手を伸ばしてくる彼の重みも。
 けれどこれらは全部私の選択の結果だった。
 だから泣く権利なんて無い。
 私は私からしてみれば最善の事を選んだ。
 私は、自ら彼の隣に居る権利を捨てたんだ。
 最悪の形で、断ち切った。
 それでも、

「辛いよ……」

 弱音がこぼれる。
 最善だって分かっている。
 此れが私の選択しだって、泣いちゃ駄目だって分かってる。
 それでも、止まらない。
 頬を伝う滴も、
 喉奥からこぼれる嗚咽も。
 止められない。
 濡れた地面に膝を落とす。
 震える手を伸ばして私は彼の髪に触れた。
 雨と、血に濡れ重みを持った髪を軽くすく。

「これで、最後にするから……」

 頭を抱え、膝上に乗せる。
 そして、私は泣いた。
 みっともなく、泣いて泣いて泣いた。
 今までの分も此れからの分も。
 一生分泣いてしまえと、
 そうして心からの涙を流す。
 泣き止むまで。
 そして私は立ち上がる。
 思考を切り替えて此れからの事を考える。
 必要な事はした。
 必要な物も盗った。
 後は、行くだけだ。
 最後に私は彼を見てから私は彼に背中を向けた。

「さようなら……」

 私の最愛の人。
 後ろ髪引かれつつも、私は進んだ。
 私はきっと何度でも悩む事となる。
 他の道は無かったのかと何度も考えるだろう。
 諦めた物は諦めなくても良かったのではないのかと。
 でもきっと私は後悔も懺悔もしない。
 此れが今の私にとっての最善の選択だから。
 だから、シキ。
 ゆるして、なんて言わないから。
 これでお別れだね。

 あぁ、でも。
 出来る事ならば、ずっと一緒に過ごしたかったよ……


top next


back ground by:空色地図