彼とは違う、漆黒の髪を風に遊ばせながら男は言った。 無表情で問いを私に投げた。 「君が、其れを聞くの?」 よりにもよって、君が。 それも全て終わってから。 「俺が聞いては、悪い事だった?」 「だって、君が私に囁いたんでしょう」 「囁いた? 変な事を言うね。俺は唯、君が知りたいと思った事を教えただけだよ」 「そうだね……君は何時も私に知らなければ良かった事を言うね」 「知りたくなかったの?」 「知りたかったよ」 じゃあ良かったじゃないか。 何も思っていない表情で、つまらなさそうに彼は言った。 「でも、君が教えてくれたから。だから私はそうしたんだよ。重症を負えば、此れが無ければ、止められるって」 「君が止め方を知りたいって教えてくれと懇願したからだよ」 「それでも、提示したのは、私にこうすれば良いと囁いたのは君だ」 「決めたのは君」 「唆したのは貴方」 「俺は、一度もやれとは言ってない」 確かにそうだ。 彼は一度たりとも私に何かをすればいい何かをしろとは言わない。 ただ気まぐれに私の前に現れる。 私は、好かれやすいのだそうだ。 美味しそうな匂いを放っているのだそうだ。 彼のようなモノにとってはとても素敵なものなのだそうだ。 だからか彼は私の前に現れる。 何時からかこの奇妙な関係が始まった。 初めて異形に襲われた私は彼に救われた。 食われそうだったのを彼が救った。 そして言われた。 美味しそうだと。凄い匂いだと。気をつけたほうが良いのだと。 信じなかった。 だって初めてだったから。 だから信じなかった。 けれど一度だけではなく、二度三度と続いた。 其のたびに彼は面倒そうに助けてくれた。 そんな救い救われる関係に終止符が打たれたのはシキに会ってからだ。 だからもう会わないのだろうと思った。 でも彼は出てきた。 何度も。 彼は聞いてきた。 知りたいことは無いのかと。 そして私は沢山の事を知った。 知ってしまった。 沢山の、知らなければ良かった事を。 唯一彼が教えてくれないのは、何故私を救う事だった。 それ以外だったら彼は何でも教えてくれた。 私の最愛の人についても、教えてくれた。 知ってしまった真実に私は脅えた。 だから彼に縋った。 縋ってしまったんだ。 彼が、悪魔と呼ばれる存在だと知っていながら、私は縋ってしまった。 今までの事があったからか私は彼を信頼していた。 彼は嘘は言わない。 彼は沢山の事を知っている。 そして彼は私の知りたい事を何でも知っている。 奇妙な信頼。 それに縋った。 悪魔の価値観と人間の価値観が違うって知っていたのに。 彼にとってシキは如何でも良い人だって知っていたのに。 私は彼に問い掛けたんだ。 如何すれば良いのだと。 そして提示された幾つもの選択肢。 其の中で私が選んだのは、私が最善とするものだと今でも信じている。 けれど、思ってしまうのだ。 もしも、他の人にも相談したらもっと良い道があったのではないのかと。 シキともっとずっと一緒に居られたのではないのだろうかと。 「シンキューは、知りたいから教えた。俺は君の願いは叶える。だから教えた。君は止めたいから俺は教えた。如何すれば止められるかって。でも君は泣いている。変なの。人間って。だって、そうしたくないのに、泣いているのにするんだもん。自分を犠牲にするなんて、変」 首をかしげて彼は言う。 やはり無感動そうに。 まぁいいや。呟く彼は私に背を向けた。 ばさり、彼の髪と同色の漆黒の翼が現れる。 彼が立ち去る合図だ。 正確には飛び立つだけれども。 「待って、紫苑! 最後に、教えて! シキはっ」 「君の最愛は無事だよ。少し危なかったけど命は無事」 ほっとした。 唯一の気がかりが悩みが解消された。 「彼は、動き出してるよ」 「え?」 最後に残された言葉の意味を知ろうと私は空を見上げた。 黒い影は既に居なくなっていた。 一体如何いう事なのだろうか。 もしかして、彼とは…… 予感がした。 もしもそうだったら、嬉しい。 少し喜びを感じた。 暗い喜びだ。 たとえ憎しみでも良い。 彼が私を気にかけてくれているのが嬉しい。 そして悟る。 未練ばかりだ。 私はまだまだずっと彼と一緒にいたかったのだ。 今でもまだ戻れるのではないのかと、そんな期待があるのだ。 もっといろんなことが、 そんな淡い願いを心の片隅に封じ込める。 もう、後戻りは出来ないんだと、 知っているから。 |