第二章 道化の助言

1.迷子とチンピラと道化

 旅立ちから早一週間、
 俺は不慣れな旅に戸惑いながらも特に怪我する事も体調を崩す事無く町へとたどり着いた。
 客寄せの声が両側から飛び交う。
 雑踏という程に多くはないけれども、少なくわ無い人の流れの中を俺は歩く。
 此れだけの人も、声を上げて客寄せする店も始めてだ。
 好奇心が疼く。
 周囲の店を片っ端から見て行きたいと思う、
 けれど同時に脇によってこの人だかりから離れたくもある。
 不慣れな雑踏の中を歩く。
 観光は宿を決めた後でも良い。
 そう思い、後ろ髪引かれながらも歩みを止めない。
 長身の、地面にまでつく砂色のローブを着た男が通り過ぎる。
 裾汚れるの気にしないのか?
 くだらない事を考えながら俺は宿を求め、歩き続けた。


 予想よりも広い町を歩き回って早一時間。
 宿を見つける所か今現在の所在地を見失っている俺だが、
 今現在何故か、
 路地裏で複数の男に囲まれていたりする。
 さて、如何したものか……
「へへ、恨むなよ兄ちゃん」
「生きる為だからな」
「まぁ、顔は良いから変態親父には可愛がられるんだろう」
「俺はごめんだけどなー」
 口々に好き勝手な事を言う男共の口を塞いでしまいたい。
 どうやら人攫いのようだと判断。
 そして俺はターゲットか。
 自然と眼を細める。
 見た所こいつらは四人、隠れている人は居ない。
 倒して逃げる、事は出来なくは無いと思うが……
 それじゃあ俺の気がすまない。
 適度に殴って殴打して撲殺して突き出す。
 序に経験をつめるという一石二鳥ぶり。
 よし、そうしよう。そう思った。
 なので先手必勝、前方の右側に立っている男の腕をつかみ、捻り上げる。
 行き成りの行動に対応出来なかったのかあっさりと実行できた。
 勢いのまま更に捻るとゴキという音が響いた。
「ぐあぁああっ」
「なっ」
「てめっ」
「おいおい」
 仲間の悲鳴によって我に帰った三人の内二人が殴りかかってきた。
 左の壁に寄り、避ける。
 そしたらまさかの激突、まさかのクロスカウンター!
 抉り込むかのような拳が双方の頬に炸裂。
 余りにも見事すぎる同士討ちに俺は思わず動きを止めた。
 俺はたった今感動の瞬間に立ち会った、そう思った。
 だから、金属の音が聞こえるまで、最後の男の存在を完璧に忘れていた。
 振り向く。
 予想よりも近くに男がいた。
 思わず飛び退る。
 男は動かない。
 改めて観察して気がついた。
 一人じゃない。
 背後から腕が伸びている。
 首を締め上げているのが一本、左腕を捻り上げているのが一本。
 男の体が少し浮き上がっており、傍らにナイフが落ちている。
 先ほどの金属音はナイフが地面に落ちた時の音らしい。
 男の体が痙攣し始める。
 腕が外れる。支えられていた男の体が前のめりに倒れた。
 背後に立っていた人物は動かない。
 砂色の、ローブ。
 顔は陰に隠れて見えない。
 というか、先ほどにこんな感じの人物を見なかったか?
「誰だ」
 呟く。
「おやおや、命の恩人に対して誰だ何て酷いデスネー」
 軽薄そうな声。
 男が一歩、進む。
 頭まですっぽりと覆うローブ、その合間からこぼれるのは深い青色の髪。
 整った顔に視線を移す。
 いや、見ているのは顔ではなく……
「仮面?」
 彼は顔の、右上半に仮面をつけていた。
「此れが気になりますカ? 些細な事を気にするのデスネ。だから隙が出来るのデスヨ。私が来なかったら危なかったですヨ」
 唇に笑みを刻む。
 軽い笑み、軽薄そうな笑み、嘲笑うかのような、笑み。
 言葉に重みが無い。
 事実を言っているのだろうけれど、反発を覚えてしまう。
「ムッとなりましたか。子供ですねぇ」
「うるさい」
「おやおや、行き成りうるさいだなんて酷い。命の恩人に対して文句を言うなど、嘆かわしい事ですヨ」
 芝居が掛かったかのように男は腕を広げる。
 笑みを絶やさず、優雅そうに、けれど何処か道化めいた動きだ。
 にやにやと笑みを浮かべたまま男が踏み寄ってきた。
「それにしてもよくもこんな裏道に来ようと思いましたネ。其れもこのような日が落ち始める時間帯に。何処の町でも薄暗い場所はこのような方々が居られるというのに。おや、それとも実は奴隷志望でしたカ、其れは其れは邪魔して申し訳ございませんでしたネ」
「んな分けないだろう。偶々だ偶々。というかだったらお前は何故こんな所に居るんだ」
「さて、何故でしょうネ」
「実はこいつ等と仲間で俺を油断させようとしてる、なんて事は?」
「有り得ません。もしもそうでしたら助けなどしませんヨ、問うても無意味だと分かっているのに聞く何て……自分の失敗を繰り返し確認したい自虐趣味でもお持ちで?」
「お前は人の事を馬鹿にしないと気がすまないたちなのか?」
「おやおや、もしかして気に障りましたカ。其れは申し訳ございませんでした」
 一礼。空虚な言葉、形だけの侘び。
 慇懃無礼を体言しているような人だな……ふと俺はそう思った。
 そして一言言えばそれ以上で返ってくる面倒な奴だな、そう思った。
「さて、日も暮れ始めますし、用も済みましたので私は此れで失礼させて頂きますネ」
 再び一礼。顔を上げ、笑みを浮かべ隣を通り過ぎる。
 かける言葉も思いつかず俺は振り返り、路地から出て行く彼を見送った。
 砂色のローブを纏う長身の彼は、異質な気配を完璧に消し去り、雑踏の中へと紛れ込んでいった。
“面白い人だね”
「唯の変人……いや、道化だよ」
 歌と詩の合間に聞こえた声に対し、俺は唯そう呟いた。
 暖かな笑い声が、そして再び歌へと変わる。
 其れを聞きながら俺は道化を追う様に路地の外へと踏み出した。


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