ながい旅路へ、10の御題

09.もうすこし ここで

 冷たい風が吹き抜けてゆく。
 朱色の髪と白銀の髪が舞うのが見えた。
 力強い抱擁を受けたまま、私は他人事のようにそれを見ていた。
 懐かしい温もりと懐かしい声。
 泣きたくなる。
 もう、泣かないって決めていたのに。
 変わらない温もりに私は泣きたくなった。
 あぁ、捕まったんだ。
 頭の片隅でそう思った。
 そのまま立ち尽くす。
 私は何も言わないし、
 彼も何も言わなかった。
 二人で聖域の一歩手前で立ち止まり。
 奇跡めいた景色を見る。
 お互いの体重を預けあい、
 お互いの体温を感じる。
 嫌われていないのだと恨まれたいないのだと分かった。
 安心した。
 気が抜けた。
 幸せだと、思う。
 彼は、私を探しに着てくれた。
 とても、嬉しい。
 でも、駄目なんだ。
 私は世界を敵にまわすから。
 私は彼と一緒にいちゃいけないんだ。
 あぁ、でも……
 もうすこし、ここで……

「いたぞー!」
「神子様も居るぞっ!」

 静寂が打ち破られる。
 遥か後方からだけれども、
 聞こえてきたのは追っ手の声だ。
 このままでは私は捕まる。
 このままじゃ彼は殺される。
 ぎゅっと手を握る。
 覚悟を決めなくちゃならない。
 離れる覚悟をだ。
 息を吸う。
 そして吐く。
 落ち着いて、声を震わせないように、私は彼の名を呼んだ。

「シキ」
「何だ、シンキュー」
「放して、私行かなくちゃ」
「……嫌だ」
「シキっ」
「俺は、お前と一緒が良い。たとえ何があったとしても、一緒が良いんだ」
「私は、世界の敵になるから、巻き込みたくないっ」
「世界からの逃避行も悪くない」
「何を……」
「シンキュー!」

 肩をつかまれ、振り向かされる。
 必死な表情、決意の眼差し。
 彼はもう決めているのだというのが分かった。
 嬉しいと、思った。
 きっと、私は今泣きそうな表情を浮かんでいるのだろう。

「俺は、何があろうともお前と一緒が良い。世界が敵でも構わない。お前がいなければ、俺は死んでしまう。俺の世界が死んでしまう。だから、頼むから離れると分かれるとは言わないでくれ。ずっと俺のそばに居てくれ。お前の隣が俺の居場所なんだ。だから……」

 心があったかくなった。
 あれ程まで私は脅えていたのに。
 彼の言葉で奮い立つ。
 あぁ、一緒に居ても良いんだって。
 一緒に居てくれるんだって。
 隣に立っても良いんだって。
 資格はもうないって思っていたのに。
 彼はこうまで求めてくれるって。
 嬉しくて、私は泣いた。

「それに、俺は本当は知っていた。命を捨てるって事が。だから、ごめん。俺が悪かった。もっと早く教えていればよかったんだって、後悔してる。後で叱っても良い、怒っても良い。俺と、一緒に居てくれないか?」
「……それについては後できちんと問いただす」
「悪かった……でもお前も俺に相談せずに色々と決めただろう」
「うっ、それは……」
「と、後ろが五月蝿くなってきたな。これらの事は後になって話そう。シンキュー一緒に居てくれるか?」
「うんっ!」

 心からの答えを、私は言った。


back top next


back ground by:空色地図