暗い場所だ。
曖昧な境界線を越えたような感覚と共に俺はそう思った。 ぼやけた視界の先は暗い暗い石で岩で出来た壁。 暗いのに明るさはある。 少なくとも見える位の明かりはあるんだろう。 視界を動かそうと試みるも不可能だった。 じっと壁を見つめたまま何も出来ずに動けずにただ曖昧な感覚のまま留まった。 ふと動いた。 視界が、居た場所が、下へと、上へと、そして正面にもどり、左へと。 其処で気がついた。 動いているのは俺じゃない、誰かだ。 誰なんだろう。 そう思った。 懐かしい感触があったから恐れは無かった。 《此処》は囲われた場所だ。 曖昧な視界のまま俺はそう判断した。 動きが止まる。 奥に何かが在る、いや、居る。 眼を凝らし何が居るのか知ろうと思った。 此処の見ようとして失敗して思い出す、これは俺じゃない。 旋律が聞こえた。 声が聞こえた。 女の声だ。 これは女の人が歌っている歌声だ。 声の持ち主はきっと大人ではないのだろう。 もしかしたら俺と同じぐらいの…… 其処で思い出した。 此れは夢だ。 幾度となって見た夢だ。 子供の頃からずっと教えていた歌だ。 子供の頃からずっと聞いていた歌だ。 誰なのだろう。 この、凄く懐かしくて、凄く近しい人は。 知りたい、俺はこの人について、知りたい…… “君は……” 眼を覚ました。 木造の天井を見ながら意識をめぐらせる。 知らない天井じゃない。 石造りじゃない。 明るい日差しがある。 暗く閉ざされてない。 此処は、 アソコは…… 「こら、起きたんだったらベッドから出る!」 視界の中に赤い髪の女の人が現れた。 一瞬認識出来なかった。 一瞬が去った後思い出す。 この人は俺の母親だ。 綺麗で歌が上手い、自慢の母親。 “母親……?” 声が聞こえた気がして周囲を見回す、けれどもこの部屋には俺と母さん以外いない。 「如何したの?」 心配そうに俺を見つめる彼女を心配させまいと精一杯の笑顔を作り大丈夫と告げた。 「そう? だったら良いのだけど……」 本当に大丈夫だと良いつつ俺の意識は此処ではない何処かへと、 先ほど聞こえた声へと向いていた。 「今日は貴方の十歳の誕生日だね。ちょっと大事な話があるから出掛けるとしたら日が暮れる前に帰ってきてね」 そう言って微笑んだ母さんは何処か悲しそうな顔をしていた。 大事な話って何だろう。 気になったけど夜言うっていうんだから待てばいいのだろう。 あぁ、今日は外に出よう色々と外を見せて回りたい気分だ。 ……見せるって誰にだろう。 「あぁ、大事な事言い忘れてたわ」 扉を開き、外へと出ようとした体制のまま母さんは頭だけで振り返る。 「誕生日おめでとう、シキ」 笑顔で継げたあと彼女は外へと出て行った。 呼び止めて問い掛ける暇すら与えずに。 俺の名前を呼んだあと……誰かの名前を呟かなかったか? この疑問は俺の心の中に留めた。 夜の大事な話の時にでも聞こう。 ベッドから降り、窓辺へと向う。 カーテンを開いて外を見る。 蒼穹が、草原が広がる。 あぁ、今日は晴れだ。 きっと綺麗な花を見せられる。 蒼く澄んでいる空が見せられる。 走り回る生き物を見せられる。 綺麗な景色を見せられる。 其処まで考えて気づいた、 先ほど聞こえた声は……夢の中の歌声と同じ声だ。 |