町の子供達と遊び、気がつけば日が沈みかかっていた。
茜色に染まった空を見上げながら思い出す。 『大事な話があるから出掛けるとしたら日が暮れる前に帰ってきてね』 綺麗に微笑みながらも何処か悲しそうな顔をしていた母さんの言葉を思い出す。 子供心ながらもそれは本当に大事な話なんだと思った。 今まで忘れてたけど…… 今から帰らないと日が暮れてしまう。 友達に別れを告げ、家へと向う道を歩みだす。 如何やら何時の間にか家から離れてしまったようだ。 歩きから早歩きへ、早歩きから小走りに。 一体どんな話なのだろうか。 実は私は貴方の親じゃなかったのとかカミングアウトするのだろうか。 はたまた今日から旅に出るから一人で生活してねでもいうのだろうか。 それとも実は世界の何処かに魔王が居て俺は唯一其れを倒せる勇者だとでも言うのだろうか。 いや、最後のは有り得ないな。 いくら子供だとしても俺は其処まで夢見る子供ではない。 そもそも深刻そうな顔をしてそんな事を話すのはかなりシュールだと思う。 親じゃない……も有り得ないだろう。こんなにも似てるのに親じゃないんだったら何なんだと言いたくなる。 旅に出るとか……十歳の子供置いて何処かに行くとか無いよな…… 夕日が落ちていく。 嫌な予感をちりちりと感じた。 きっと夕日の赤がそう見せるのだろう。 きっときっと夕日の赤がそう見せるのだろう。 こんな感じは嘘だと思う。 いや、思い込んだ。 小走りが駆け足に変わる。 胸がドクドクと鳴る。 疲れを感じる、冷や汗が流れるのを感じた気がした。 嫌な予感がする。 嫌な予感がスル。 イヤな予感がスル。 イヤナヨカンガスル。 漸く玄関が見えるようになった。 スピードを上げて一気に距離をつめる。 ドアを思いっきりあけた。 「ただいま!」 無音。 何時もだったら微笑みながら出迎える母の影も声も無い。 遅いぞと言いながらも笑う気配を滲ませた父の声も無い。 変わりに変なニオイがあった。 これは、油のニオイと錆びた鉄にも似た匂い…… 靴を履いたまま俺は家の中に飛び込んだ。 近い所から部屋を空けていく。 母さんが出てきて如何したのと聞かれたかった。 父さんが出てきて大丈夫かと暖かく迎えてほしかった。 けれども俺を迎えたのは…… 「あ……あぁあああああああああああっ!?」 赤く地に伏せた両親の姿だった。 「父さん母さん!?」 慌てて駆け寄る。 父に触れた。 思わず気づかずに小さな悲鳴を上げた。 思わず触れた手を放した。 冷たかった。 冷たいのに少しだけ生暖かかった。 違う、生暖かいのは赤い物だ。 違う、違う違う違う違うチガウッ! 父さんは生きている生きている生きているイキテイルンダッ! 揺すっても動かない。 声かけても返事はない。 「何で、寝ているんだよね……ねぇ、父さんっ!」 どんなに頑張っても父さんは動かない。 戻らない。 散り散りになった物は戻らない。 あぁ、本当は一目で分かっていたんだ、父さんがもう生きていないのは…… 腕を無くし足を無くしお腹をなくした人が生きていられないのは知っていたのに…… でも、父さんの死は認めたくなかった! ふと思った。 だったら父さんのように散り散りになっていない母さんは生きているのかもしれない。 赤に塗れてはいるけど同じ形のままだったら…… 父さんから離れ、俺は母さんに近づく。 唾を飲み込む。 恐る恐る手を伸ばす。 もし、もしも冷たかったら…… その思いがあった。 怖い。 勇気を振り絞り、俺は母さんに触れた。 冷たくは無かった。 暖かい…… はっとなって俺は母さんを揺すり始める。 大声で呼びかける。 「うっ」 震える瞼、ゆっくりとそれは開かれる。 「母さんっ!」 「し……き?」 視線が俺に向けられる。 「あぁ、良かった。無事だったのね……」 弱弱しく彼女は言う。 「うん。俺は大丈夫だよ、母さん。待ってて、今お医者様を呼んでくるから!」 「駄目よ……」 「如何してっ」 「だって、きっと私は長く無いわ……むしろ今生きているのが奇跡、よ」 ごほ、咳をする。赤があふれ出た。 「母さん、喋っちゃ駄目っ」 「いいの、聞いて……大事な、話」 「そんなの、後で聞くから! 今は医者をっ」 立ち上がり、外に行こうとした。 がしりと掴まれた足。 けが人だとは思えない力だった。 「聞いて」 懇願するような眼差しだった。 それを退けるのは俺には無理だった。 「貴方に、双子の姉が居るわ……」 「え?」 言われて思い浮かんだ顔があった。 今日の昼に見えた、微笑みを浮かべ歌を歌った俺にとてもよく似た女性の顔だ。 「竜の……歌姫」 「ちょまって、何其れ。ていうか竜って?」 「世界の……繁栄、ごほっごほっ」 「母さんっ!? やっぱり医者を呼ぶからっ!」 「聞いてっ! ごほごほごほっ……歌う、人生……竜のうた……ひめ」 しっかりとした声が衰えていく。 焦点が外れていく。 力が弱くなっていく。 あぁ、母さんも、死んじゃうのか…… 絶望にも似た感覚を味わった。 「赤ん坊、ひきはなされたの……うたう、ため……」 「母さんっ」 跪き手を握る。 少しでも良い。長く、繋ぎとめておきたかった。 居なくなってほしくないから。 「名前……」 「え、何、聞こえないっ」 口元に耳を寄せる。 聞こえた名前は…… 「しん、きゅー?」 それは、歌を歌う子の名前と同じだった…… 「しき……しあわせに……なってね」 最後にそう呟き、母さんの力が一気に抜けた。 満足そうに眼を閉じ、微笑みを浮かんだ。 「如何して、如何して笑うんだよっ! 眼を開けてよ、母さん母さんっ!」 叫びも虚しく、彼女はもう二度と動かなくなった。 父さんと同じ、動かない。 膝を突いたまま俺は虚空を睨む。 ただ如何してと思うだけだった。 如何して、如何して二人は死んだ。 如何して。 何時も道理だったのに。 どうして二人が、死んじゃうんだろう。 如何して如何して如何して。 誰が如何して。 どれくらいそうしていたのだろうか。 時計を見ると数分しかたっていなかった。 何時間にも感じた。永遠にも思えた。 ただ、認めたくなかった。 ふとこげたニオイに気づく。 何時の間にか部屋には煙が充満していた。 慌てて立ち上がり、外に出ようとする。 両親の姿を思い出す。 腕を引っ張ってみる。 重く、外に連れ出せれるとは思えなかった。 涙を拭う。 此処で死んだら駄目だと思った。 幸せになってほしいと母さんは言った。 だったら、まずは生き延びなくちゃ駄目だから。 よろよろと外に向った。 赤く揺らめき、熱をもったモノが見えた。 俺達が住んでいた家が、燃えていた…… 本日幾度目かの叫びを上げた。 幾度目かの疑問を抱いた。 どうして俺達ばっかりこんなめにっ! 玄関への道は閉ざされていた。 他の道を探す。 炎から逃げ、煙にむせる。 何時の間にか二階に上がっていた。 火の回りが速い。 二階にも所々火が見えた。 ふと一つの方法を思いつき、部屋に向う。 幸運な事に火の手はまだ回っていなかった。 窓に向かい、開く。 其処から飛び出そうと身を乗り出し、思い出した。 俺が赤ん坊だった頃に母さんがくれたと言っていたペンダントの事を。 窓から離れ、机に向う。 一つ一つの引き出しを取り出し、逆さにする。 その中から大事な物を取り出してから俺は窓へと向って走り、飛び出した。 痛みと衝撃。 芝生を転がり、止まる。 身を起こして見えたのは…… 赤く燃え盛る、俺が生まれ住んだ家の姿だった。 |